
【インタビュー】「ないものを持ってくる」のではなく、現地の生活に入るものを作る。DORÉ by LeTAOを25店舗へ育てた市場の見方
- 公開
- 2026/07/25
- 更新
- 2026/09/18
- この記事は約1分53秒で読めます。
人口が多く、日本への好意も強いインドネシアには、さまざまな日本企業が事業機会を見いだしています。一方、日本で評価されている商品やサービスを持ち込めば、そのまま受け入れられるわけではありません。
本連載では、インドネシアで実際に事業を展開してきた経営者や事業責任者に、現地市場の見方や事業づくりの難しさを伺います。
今回お話を伺ったのは、DORÉ by LeTAOのバスメレ河野力樹さんです。日本人とインドネシア人の両親のもとに生まれ、日本、インドネシア、シンガポール、オーストラリアの4か国で生活。インドネシアに戻ってから約13年、同国で事業に携わってきました。
2015年に、北海道・小樽発のスイーツブランド「LeTAO」の商品や世界観を取り入れた「DORÉ by LeTAO」の1号店をPlaza Indonesiaに出店。現在は約25店舗、約300人が働く組織へと成長させています。
「日本にあって、インドネシアにない」ことは、本当に事業機会なのでしょうか。チーズケーキ一商品から始めた理由、オープン後に売上が落ち込んだ経験、店舗を増やす意味、そして現地のためになる事業を考えることの重要性について伺いました。
「ないから売れる」とは限らない。あるカテゴリーの中で、新しいものを作る
まず、インドネシアで事業を始めるまでの経歴を教えてください。
河野
幼稚園の頃から日本とインドネシアを行き来し、高校はシンガポールにある日本人学校に通いました。その後、オーストラリアの大学へ留学し、社会人になってからはインドネシアで仕事をしています。
両親が会社を経営していたので、会社を作り、人のために何かをすることは身近にありました。言葉だけでなく、日本とインドネシアの両方のコンテクストを読めることを、自分の強みとして活かしたいという思いもありました。
DORÉ by LeTAOの立ち上げは、どのようなご縁から始まったのでしょうか。
河野
インドネシアで事業をしたいと考えていた時期に、日本の菓子会社である寿製菓の社長を紹介していただきました。ディナーの場で自分たちの思いを伝え、その後、日本へ行って話を進めました。
「一緒にやりましょう」と決まってからは、僕も日本で研修を受けました。工場に入ったり、店舗やカフェでスタッフとして働いたりしました。「いらっしゃいませ」と言って、水を持っていくところからです。
ブランドだけを借りたのではなく、自ら現場に入ったと。
河野 海外でゼロから事業を作るのは簡単ではありません。日本で有名なブランドでも、インドネシアに来ればゼロからのスタートです。だから、実際に手を動かし、商品やサービスの良し悪しを判断できる人が前線に立つことは大切だと思います。
なぜ、最初の商品にチーズケーキを選んだのでしょうか。
河野
最初は本当に肌感覚でした。当時は今のようにAIもありませんし、手に入るデータも限られていました。
ただ、インドネシアのケーキ店には、すでにチーズケーキがありました。つまり、食べる習慣も需要もある。それなら、今あるものよりも、もっとおいしくて質の高い商品を作ろうと考えました。
新しいカテゴリーを持ち込むのではなく、親しまれているカテゴリーの中で新しい商品を作るという考え方です。最初の半年ほどは、ほぼ一商品だけで運営しました。僕は、一点突破が好きなんです。
「日本にあるけれど、インドネシアにはない商品を持っていこう」という発想とは異なりますね。
河野
そうですね。「ないからチャンスだ」と考える日本企業は多いですが、「必要とされていないから作られていない」可能性もあります。
インドネシアでスキー用品が売れないのは、商品が知られていないからではなく、スキーをする環境がないからです。これは極端な例ですが、似たようなことは海外進出でよく起きていると思います。
自分たちの商品が良いと信じることは大切です。ただ、世界中の人が本当にそれを使うかどうかは、別に考えなければいけません。
売上が落ちてからが、ビジネスの本当のスタートだった
1号店は、インドネシアを代表する高級モールの一つ、Plaza Indonesiaに出店しました。
河野
店舗を出す前に、ヘアサロンで試食を行ったり、バザーに出てオンライン注文を受けたりしていました。バザーで少し話題になり、そこからPlaza Indonesiaに出店できるようになったという流れです。
僕の中では、Plaza Indonesiaはインドネシアでもっとも高級なモールです。プレミアムブランドとして展開するうえで、そこに店を出すこと自体がブランディングになると考えました。
商品だけでなく、どこで売るかによって価値の見え方が変わる。
河野
ブランディングの8割はイメージだと思っています。同じ商品でも、隣に何が売られているか、どのようなお客様が来る場所かによって、価格の受け取られ方が変わります。
最初から価格帯はプレミアムでした。ただ、プレミアムでも買ってもらえる商品は何かを考えたとき、ギフトという用途は頭にありました。一方で、誕生日ケーキの需要は、始めた時点では想定していませんでしたね。
お客様がどのくらいの金額を払えるのか、どのような商品を必要としているのかを見ながら、1年、2年、3年とかけて商品を増やしていきました。最初からすべてわかっていたわけではありません。
オープン直後から順調に成長したのでしょうか。
河野
最初は月に400万円ほど売れましたが、そこからどんどん落ちて、一時期は100万円を下回りました。
新しいことを始めるときは楽しいんです。ところが、一周したあとに「あれ、全然人が来ないじゃん」となる。そこからが、ビジネスのリアルなスタートだったと思います。
進出時には、オープニングイベントを盛大に行う企業も少なくありません。
河野
僕は、まず店を開けて、ベストのプロダクトとベストのサービスを提供することに集中したほうがいいと思っています。それが安定してから、マーケティングにお金を使えばいい。
最初に大勢のお客様を呼んで、商品やサービスが整っていなければ、「思っていたほどではなかった」と評価されてしまいます。一度良くない経験をしたお客様は、なかなか戻ってきません。入り口を盛り上げることよりも、まず中身を整えることのほうが重要です。

珍しいだけでは、半年で終わる。顧客の生活の一部になれるか
認知を広げるために、どのような取り組みをしましたか。
河野
Instagramを使ったブランディングが入り口でした。僕がインドネシアに戻り、DORÉ by LeTAOのアカウントを作った頃は、Instagramがこれから広がっていくタイミングでした。自分の個人アカウントも同時に作り、使い方を覚えながら続けていきました。
インフルエンサーにも、基本的には広告費を払わず、ケーキを贈っていました。パーティーなどで知り合い、「明日ケーキを送るね」と伝える。プレミアムな商品なので、受け取った方にも喜んでもらいやすく、自発的に動画を撮ってもらえることもありました。
人脈を作ることも、マーケティングの一部だったのですね。
河野
スタートアップやクリエイティブ産業の人、財閥の二代目、三代目など、さまざまな人と交流していました。毎日のようにミーティングをし、パーティーにも参加して、周りが何をしているのかを見ていました。
ただ、友達になってもらうには、こちらからも相手に価値を提供しなければいけません。自分たちが何を得られるかだけでなく、相手やインドネシアにどのようなメリットを提供できるかを考える必要があります。
市場を見るとき、特に重視していることは何でしょうか。
河野
「なぜお客様は買うのか」を掘り下げることです。日本の飲食企業には、「おいしいものを届けたい」「人を幸せにしたい」という思いがあります。それ自体は素敵ですが、同時に「なぜ買わなければいけないのか」まで考えなければいけません。
ジャカルタは、観光客を相手に珍しいものを売り続けられる市場ではありません。珍しさだけで一度当たっても、半年ほどで勢いがなくなります。その商品がお客様の生活の一部になれるかが重要です。
日本人の感覚だけでなく、現地の人の習慣を理解する必要があるわけですね。
河野
インドネシア人にとってファミリアなものと、ユニークなものの間を取らなければいけません。
例えば、インドネシアではゼリーを食べる習慣があります。日本人にとってゼリーは日常的に食べるものではないかもしれませんが、インドネシア人の生活には入っている。だからこそ、ゼリーの商品を扱うブランドが多くの店舗を展開できるのだと思います。
何がファミリアなのかを知るには、インドネシア人が何を食べ、何を飲んでいるのかを調べなければいけません。日本人の感覚だけで判断するのは難しいです。
25店舗を支えるのは、商品ではなく「自分がいない場所」で回る仕組み
店舗数を増やしたのは、当初からの計画だったのでしょうか。
河野
具体的に25店舗まで出す計画があったわけではありません。ただ、事業を成長させ、売上を増やしたいという思いはありました。その中で、僕らの商品には店舗を増やすことが合っていたんです。
誕生日ケーキは、「今日欲しいけれど、30分以内でなくてもいい」という商品です。食事やコーヒーのように今すぐ必要なものでもなく、化粧品のように明後日でもいいものでもない。その中間にあります。
だから、モールに店舗があり、必要な日に買いに行けるアクセシビリティが価値になります。僕のように、妻の誕生日を忘れて当日にケーキを買う人もいますから笑。
店舗には、販売拠点以上の意味があるのですね。
河野
モール内テナントであれば、決まった時間まで営業しているという保証もありますし、店舗があること自体が信頼感につながります。ソフトクリームなど、店舗でしか食べられない商品を出すことで、オンラインとの差別化もしています。
一方で、店舗が増えればオペレーションは難しくなります。1店舗、2店舗なら、自分で見ることができます。でも、数が増えれば、一人では管理できません。
現在は約300人のスタッフがいるそうですね。やはり管理が難しいですか。
河野
小学校の一クラスが30人なのは、一人の先生が見られる人数だからだと思うんです。60人、90人を一人で見るのは難しいですよね。会社も同じです。
僕がここで話している間にも、どこかの店舗ではお客様が商品を買っています。その場でサービスが悪かった、商品に問題があったというときに、僕がいなくても判断し、対応してもらわなければいけません。そこに難しさを感じますし、大変です。
それでも、300人が働く仕組みを作ってきたことは、今振り返ると誇りに思います。店舗数が増えて「完成」ではなく、増えたからこそ、会社の作り方をさらに考え続けなければいけないのだと思います。

インドネシアのために何ができるか。その視点がなければ、進出はうまくいかない
最後に、これからインドネシアへ進出する日本企業にメッセージをお願いします。
河野
インドネシアは親日的ですし、日本をリスペクトしてくれている人もいます。ただ、10年前に比べると、「日本企業だから」というだけで自動的に評価される時代ではなくなっています。
日本ではこうだった、日本ならこうする、という成功体験や価値観を押しつけるのではなく、日本側からインドネシアに寄り添えるかが大切です。日本の会社は意思決定や契約に時間がかかりますが、現地の競合はもっと速く動いています。質だけでなく、挑戦の数や実行の速さも必要になります。
簡単に成功できるとは考えない方がいいでしょうか。
河野
小売やサービス業は、実際にやってみなければニーズがわかりません。最初に思い描いたプランが、そのままうまくいくことはほとんどないと思います。
テストをするときも、「うまくいくか確認する」というより、「どこがうまくいかないのかを一緒に学ぶ」というスタンスの方がいい。成功するまで耐えられる体力と、手を動かしながら修正する覚悟が必要です。
そして、自分たちの商品を売ることだけを考えるのではなく、日本から来る人たちが、インドネシアのために何ができるのかを考えてほしいです。
現地のこと考えず、ただ一方的に「売りたい」だけでは売れないと。
河野
はい。「いらない」と言われてしまったら、おしまいですからね。
仕組みでも、サービスでも、商品でもいいんです。インドネシアの人たちや社会が、今より良くなるために何を提供できるのか。インドネシアに来る日本企業にその視点がなければ、うまくいかないでしょう。
僕らがゼロから始めてここまで生き延びてこられたのも、役に立ちたいという思いがあったからだと感じています。
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