インドネシアの対日感情(親日国と言われる背景と実情)
- 公開
- 2024/08/18
- 更新
- 2025/03/24
- この記事は約6分58秒で読めます。
「インドネシア人は親日」といわれることも多いですが、実際のところどうなのでしょうか。ビジネスなどでインドネシア人と関わる方にとって、インドネシアの対日感情は気になるところかもしれません。
日本とインドネシアは歴史的にも深い関わりがあり、またアニメや漫画など日本のポップカルチャーは、インドネシアの対日感情にも影響をもたらしています。
そこで本記事では、インドネシアの対日感情についてまとめました。データから見えるインドネシア人の日本への感情とその背景などを紹介しているので、最後までご覧ください。
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インドネシア人の対日感情
外務省は、令和5年度(2023年度)「海外における対日世論調査」を実施。同調査の中で、「あなたの国の友邦として、今日の日本は信頼できると思いますか」という質問に対してインドネシア人回答者の60%が「とても信頼できる」と答えました。
また、グローバルマーケティング事業を行うアウンコンサルティング株式会社が実施した2023年度の「世界12カ国の親日度調査」では、インドネシア人回答者の45.7%が「日本が大好き」、51.4%が「日本が好き」と回答。さらに、日本に「すごく行きたい」「行きたい」と答えた回答者は合計96.1%にものぼり、訪日意欲の高さもうかがえました。
親日といわれることも多いインドネシアですが、上記の調査結果からもインドネシアの人々が日本に対してポジティブな印象を持っていることがうかがえます。好きな理由としては、四季の風景や商品の品質、日本食、漫画・アニメなどさまざまな回答が挙げられています。
参考:
外務省「海外における対日世論調査 ASEAN 結果詳細(PDF)|P8. Q7 あなたの国の友邦として、今日の日本は信頼できると思いますか。」
アウンコンサルティング「2023年【世界12カ国の親日度調査】日本への好感度、訪日意欲について」
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「親日」と言われるインドネシアと日本の歴史
インドネシアの対日感情が親日に傾くことになった理由の1つとして、インドネシアと日本の歴史的な関わりが挙げられます。
歴史の捉え方は人によって異なり、また世代によっても変わることを念頭に置いたうえで、ここではインドネシアが親日といわれる背景となった両国の歴史について紹介します。
インドネシア独立戦争での日本軍の加勢とスカルノ元大統領の影響
1596年から1942年まで、約350年間にわたりオランダによる植民地支配を受けていたインドネシア。このオランダによる植民地支配から同国を解放したのが、日本だという歴史があります。
日本の支配と独立戦争
第二次世界大戦中の1942年1月、インドネシアの持つ豊富な天然資源を確保するため、日本軍がインドネシアへ侵攻。日本軍がオランダ軍を破ったことにより、日本が第二次世界大戦で降伏する1945年までの間、インドネシアはオランダではなく日本に占領されることになります。
そして日本がオランダを含む連合国軍に降伏した1945年8月、インドネシアは独立を宣言。この宣言をオランダは認めようとせず、1949年12月までインドネシアとオランダによるインドネシア独立戦争が行われました。
インドネシアの独立を日本が支援
このときに、インドネシア側へ加勢したのが敗戦後もインドネシアに残っていた日本の兵士たちです。日本に侵略された歴史があるにも関わらず、インドネシアに親日派が多いのは、このときに日本兵が身を挺してインドネシアのために戦った歴史があるからだとされています。
インドネシアのために戦った日本兵の中には、戦争後もインドネシアに残り、スカルノ大統領(当時)からインドネシア国籍を与えられた人もいました。インドネシアのために戦ったことを認められ、インドネシアの英雄墓地に埋葬された日本人の戦死者も大勢います。
この時代にスカルノ元大統領が親日に傾いたことが、インドネシア人の多くが親日派になるきっかけの1つとなりました。
戦後の経済発展を支援
インドネシアの対日感情がポジティブな理由として、戦後の経済発展を支援してきたことも関係しています。
農業や保健、工業などの分野でインドネシア人研修生を日本が受け入れ始めた1954年から今まで、日本はODA(Official Development Assistance、政府開発援助)などを通してさまざまな形でインドネシアの経済発展を支援してきました。実際に1960年~2015年の日本のODA受取国の第1位は、インドネシアです。
日本の経済支援の例の1つが、スマトラ島の南北を結ぶ幹線道路、スマトラ縦貫道路の整備です。全長2,500kmのうち、6割ほどを日本が整備しました。
また、フェリー輸送の整備も行い、1日1往復のみだったジャワ島・スマトラ間のフェリー輸送は1日100往復にまで増えました。
そのほか、ジャカルタMRT(大量高速鉄道)の建設、母子健康手帳の導入、自然環境保全のための研究などをODAにより日本が支援した歴史があります。
また、2023年には経済成長と気候変動対策を支援することを主な目的とし、日本とインドネシアの間で総額1,736億6,700万円を上限とする円借款貸付契約が結ばれるなど、支援は時代に合わせ、現在も続いています。
参考:
独立行政法人国際協力機構「インドネシアに対する日本の協力の足跡|P3. 数字で見る日本の協力」
独立行政法人国際協力機構「インドネシア向け円借款貸付契約の調印: 経済成長及び気候変動対策を支援し、両国関係の深化に貢献」
災害・防災分野での支援
日本はインドネシアへ、災害・防災分野での支援も数多く行っています。
例えば2004年にスマトラ島沖大地震・インド洋津波が起こった際、小泉純一郎首相(当時)は、資金・人的貢献・知見でインドネシアに貢献することを表明。
資金提供のほか、地震直後に国際緊急援助隊の救助チームや医療チーム、自衛隊部隊などを派遣し、救援活動を行いました。
そのほか、インドネシアでは2006年にジャワ島中部地震、2009年にパダン沖地震、2019年にスラウェシ島地震が起こっており、これらの大災害の際にも日本は緊急救助隊の派遣や復興サポートなどを実施しました。
インドネシアと日本はどちらも地震や津波が発生しやすい国ということもあり、両国の間には日本の知見をインドネシアに共有して災害に備えることを主な目的とした「日本・インドネシア防災対策に関する共同委員会」も設置されています。2023年に開催された第2回会合では、インドネシアの自然災害対策と被害軽減に向けた指針が採択されました。
参考:
独立行政法人国際協力機構「インドネシアに対する日本の協力の足跡|P3. 数字で見る日本の協力」
内閣府「第2回「日・インドネシア防災に関する共同委員会」の開催について」
インドネシアに親日派が多いのは、上述のような経済支援や災害・防災分野での支援への日本の協力的な姿勢に好感を抱いている人が多いからでもあります。
日本のポップカルチャー・伝統文化・製品の影響
インドネシアの対日感情には上述の通り歴史が大きく関係していますが、昨今の若者に関しては日本のポップカルチャーの影響も大きいといえます。特に漫画とアニメはインドネシアで広く親しまれており、漫画・アニメをきっかけに日本を好きになった、日本語の勉強を始めたという人も少なくありません。
漫画やアニメなど最近のカルチャーだけでなく、食や祭りなど日本の伝統文化を好きな人も多くいます。特にジャカルタなどの大都市には日本の飲食店が多く、日本関連の祭りもよく開かれるため、そういった場で日本の伝統文化に触れ、日本によいイメージを持ち始める人もいます。
また、日本は昔から自動車やバイク、家電などの質が高いことで信頼されてきました。近年市場が拡大している化粧品などの美容製品に関しても日本製品のイメージはよく、「価格が高い分、品質も良い」というイメージを持つ人は多いようです。
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インドネシア人が「親日である」とも言い切れない背景
インドネシアの対日感情は比較的ポジティブだといえますが、それでもやはり「親日である」と言い切ってしまうのは難しいと言える側面もあります。
そこでここでは、インドネシア人が「親日である」とも言い切れない背景を紹介します。
日本の占領と歴史教育
インドネシアが親日である理由として、「インドネシアの独立を日本が支援したから」とお伝えしました。しかし、それ以前に日本がインドネシアを支配していた歴史があるのも事実で、日本に対して「占領していた国」という悪印象を持っている人もいます。
また、「オランダ占領時代より、日本占領時代のほうが酷かった」という声や記録もあり、「日本はオランダからインドネシアを救った国」という位置づけだけでは語れません。どのように歴史を捉えるかで対日感情は変わるといえそうです。
マラリ(反日暴動)事件
1974年1月、インドネシアでマラリ事件と呼ばれる反日暴動が起こりました。これは、田中角栄首相(当時)がインドネシアを訪れた際に起こった事件。スハルト政権へ不満を持つ国民たちによる「日本企業がインドネシア政府と癒着してインドネシアでビジネスを広げている」という主張が発端となっています。
当時インドネシアでは学生運動が盛んだったため、田中元首相の訪問時にも何らかのテロが起こることは予測されていました。しかし、日本企業や日本車への放火、日系の店舗での集団による盗難など、規模の大きさは予想を超えるものでした。
マラリ事件ほど大きな反日暴動は、それ以降、今日まで起こっていません。しかし、50年前というそう古くない時代に日本に対して強い反感を持つ人がいたことは事実。日本に対してマイナス感情を持つ人が現在もいることは、念頭に置いておく必要があります。
対日感情の世代差
以上のように、インドネシアの対日感情は比較的ポジティブなものであるものの、戦争の歴史や日本企業の進出に対する反感などから、ネガティブなイメージを持っている人も一定数いることがうかがえます。
特に自らや親世代が戦争を体験している高齢世代は若者に比べ、日本に対してマイナスな印象を抱いている可能性が高いといえます。具体的な調査データはありませんが、実際に掲示板サイトRedditでは、日本があまり好きではないという高齢者の意見も多数見られました。
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インドネシアの対日感情は総じてポジティブ、一方で注意事項もあり
本記事の冒頭でもお伝えした通り、調査結果からインドネシアの対日感情はポジティブであることが分かっており、日本が好きなインドネシア人は多いといえます。
その背景にはまず、日本とインドネシアの歴史的な関わりがあります。また、戦後から今までの日本政府の経済支援などが、インドネシアの人々に好意的に捉えられていることも大きいでしょう。
ただここで注意したいのが、歴史に対する捉え方は人によって異なるという点です。日本に対して良いイメージを持っていない人もある程度はいることを念頭に、インドネシア人と話をする際、特に戦中・戦後を含む歴史の話をする場合は、発言に注意しましょう。
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インドネシア人のポジティブな対日感情には、どういった背景がありますか?
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インドネシア人のポジティブな対日感情には、日本によるインドネシアの独立支援、経済支援や災害・防災面での支援、またアニメや日本食など日本独自の文化への憧れが背景にあります。
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インドネシア人のネガティブな対日感情には、どういった背景がありますか?
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インドネシア人のネガティブな対日感情には、日本がインドネシアを占領していた歴史があることが背景としてあります。
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